たった一人の鹿島槍ヶ岳(1999年11月13〜14日)


 三ツ峠の山行から三日後の、朝5時22分、私は急行アルプスから簗場駅に降りた。たった一人、駅前は真っ暗。雨が降っている。空を見上げれば、南半分は星が輝いている。天気予報は、急激に晴れると言っていた。
 今回は、年末山行のトレーニングだから、荷を重くし、雪の上で寝ることが目的で、山頂までは行けないだろうと思っていた。
 寂しい駅の待合室で、おにぎりを食べる。(前夜、行動食用におにぎりを8個つくったのだ。米二合分)
(5:40)簗場駅から歩き始める。真っ暗な中綱の集落を抜け、鹿島槍スキー場に登る。すれ違う車が皆、ブレーキをかける。雨の中、リュックを背負った男がトボトボ歩いていると、ビックリするようだ。それにしても車が多いと思ったら、本日、スキー揚がオープンなのだ。
 1時間歩いて、スキー場着。夜が明けた。西を見れば、虹が美しい。しっかりと降っているのだ。(7:20)大谷原では天気雨。雲が上がっていく。山肌に雪が見えない。革靴にすればよかったかと、多少後悔しつつ、プラブーツを履く。林道歩きのうちに雨は上がった。リュックを背負って、自転車を押しているおじさんに追い抜かれた。
(9:00)西俣出合着。ここで初めて雪を被った鹿島槍が見えた。
(9:15)赤岩尾根に取り付く。水を2.5リットル背負って、荷はますます重くなる。こ
こからは樹林帯をひたすら登るだけ。時々左右に、爺ケ岳と鹿島槍が見える。雲がどんどん取れてくる。いいぞ、いいぞ。
(11:35)高千穂平着。メチャ展望の良いところだ。(南アの易老渡から易老岳への登りに較べたら楽だが)それにしてもきつい登りだった。雪があったら、ここら辺りでテントを張るつもりだったが、全くない。冷乗越は、すぐそこに見える。
(12:05)大休止して、冷乗越までの標高差400メートルを登る。もう少しだ。乗越へのトラバースの所で雪が出てきた。私の最も不得意とするところだ。アイゼンを履いて、慎重に行く。
(13:45)冷乗越に着いて、剣がドーンと見えるはずだが、ガスの中。チョイと残念。爺の斜面が白い。
(13:55)冷の小屋の前で、追い越していったおじさんが昼寝していた。風も弱まって、日差しが出てくると暖かい。春山のようだ。
 天気はどんどん良くなる。剣、立山が雪を付けて神々しい。陽が立山の左に落ちるまで眺めいった。小屋の横にテントを張り、餅入りラーメンを食べ、酒も飲まず、6時半には寝た。神戸からやってきた、あのおじさんはトイレ臭い冬季小屋で寝た。長野の夜景が明るい。
 10時頃目が覚めて、空を見上げたら満天の星。銀河の中に白鳥が見える。

2/14
(2:50)起床。餅入りラーメンを食す。
夕食と朝食が同じなのは、朝食が豪華なのか、夕食が貧しいのかね。オリオンがまだ南中している。夏から冬の星座が見られるってことだ。
(4:10)鹿島槍へ向かう。風はほとんど無い。月もなく、真っ暗な中をヘッドランプを点けて歩き出す。布引岳への登りでアイゼンを付ける。少しずつ東の空が明るくなってきた。
(6:05)山頂直下のドーム状の雪の斜面を登って、山頂に着いた。まだ夜は明けていない。たった一人の山頂。雲一つない。風も弱い。全ての山が見える。夜明けの空の色の変化が凄い。凄いとしか言いようがないくらい、美しい。浅間山から朝日が出た。剣岳にも日があたって神々しい。後立山の縦走で何が良いかって、剣がズーッと見えてることなんだよ。
(6:25)心残りだが下ることにする。途中、神戸のおじさんとすれ違って立ち話したりで、(7:35)テント着。人がいないのは非常に良いことだ。
(8:15)テントを片づけて、下る。最初は、あのいやな雪のトラバース。苦手意識を持つとますます苦手になるから、平気の平左で通る。ここを過ぎれば後は、ただひたすら下るだけ。登ってくる人は、単独行が2人と2グループ、10人ほどだ。
(10:35)西俣出合着。辛かった。沢でプラブーツを洗い、ジョギングシューズに履き替えて林道を歩く。非常に満ち足りた気分だ。大谷原で、雪を被った鹿島槍と五竜岳が落葉松の上、青空の中に並んで見えた。鹿島川の橋のたもとまで来て、ザックに腰掛け、またゆっくりと眺めた。贅沢な時間だ。
(12: 1 5)鹿島槍スキー場に着いたら、名古屋ナンバーの車に拾われた。駅まで40分ほど楽をした。名古屋の人は、いい人だなあ。
 簗場の駅前でビールを買って列車に乗り込む。車窓からは、木崎湖を囲むように紅葉が真っ盛り。その上に雪で白くなった、北アルプスの山。絵に描いたような風景であった。車内は、午後の日差しの暖かさに、皆ウトウトしている。ビールをプシュッと開けたら、皆の視線がこっちを向いた。


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